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レスター・ブラウンからの提言 Eco Economyをめざして


 4月11日、環境法人農学会の主催で、シンポジウム「環境としての経済」が開催されました。そのなかで行われたレスター・ブラウン氏の基調講演の内容をお伝えします。

●基調講演「レスター・ブラウンからの提言 Eco Economyをめざして」
アースポリシー研究所所長 レスター・ブラウン


<向かっていくべきビジョンが必要>

 2年前、ワールドウォッチ研究所の所長を退き、理事長に就任し、それを機会に、世界において何が起こっているのか、を熟慮する時間を得ました。気づいたことは、これからどんな世の中にしたいのかということについてのビジョンが我々には欠落しているということです。環境活動といいますと、常に、今の状況に反対することに意義があるというような運動しかしてこられなかったわけです。このたび日本語版が出版されました「エコ・エコノミー」という書物は、こうしたことを念頭において著しました。この試みはビジョンを提供する初めての試みだと思います。我々は行きたい方向すなわちビジョンがなくては、その方向に向かうことはできません。新しい目標へと動くということはできないのです。

 この本を著すにあたって、最初に書いたことはコペルニクスについてです。1543年にコペルニクスは学術論文を発表しています。その表題は「天体の回転について」というものです。この論文によって、彼は当時の通説であった天動説を批判し、事実は地動説であるということを提唱したのです。この議論は、科学者や聖職者の間で広く繰り広げられました。そしてこの新しい世の中の見方、すなわち地球が宇宙の中心ではなく太陽の周りをまわっているのだという見方は、いろいろな科学―天文学や物理学など―がさらに先進的に発達するのを促しました。

<コペルニクス的な発想をもって>

 今我々はまったく同じ状況に置かれていると思います。2つの学派、つまり2つの異なる世の中の見方があるのです。ひとつは主に経済学者が採用している見方で、環境は経済の一部であるというものです。したがって、この見方に立つ経済学者やビジネスマンにとっては、環境とは公害を垂れ流してもいい、ポリューションセンターであるといえます。しかし別の学派もあります。これはエコロジストや自然科学者の間で考えられているもので、環境が経済の一部なのではなく経済こそが環境の一部であるのだという見方です。私は、経済学も、農学という自然科学も、どちらも学びましたが、後者の見方に属する者です。経済というのは、地球のエコシステムの一部であると考えています。その見方が正しいとするならば、経済の体制や仕組みというのはエコシステムとマッチングしなければならないはずですが、今現在はそれが不調になっています。

 グローバル経済は過去50年間に6倍の規模に拡大しましたが、グローバル経済と地球のエコシステムとは、極めてゆがんだストレスの多い関係になっています。漁場の崩壊、森林減少、砂漠化の進行、地下水位の低下、気温の上昇、 CO2濃度の増加、より破壊的な暴風雨、氷床の崩壊、海面の上昇、サンゴ礁の死滅、生物種の消失などに関する日々のニュース報道は、経済と地球のエコシステムとの関係が、より逼迫しストレスがかかっていることを示しているといえます。

 世界の文明を振り返ってみますと、古代文明においても経済とエコシステムとの不一致がありました。シュメール文明は、それ以前の文明に比べてはるかに卓越して優れた文明でした。灌漑をして農業を行い、余剰穀物によって都市生活者を支えることで、世界最初の都市が生まれました。また世界初の文字も発明されました。彼らは、私たちが現在インターネットに興奮するのと同じくらい、文字に興奮を覚えていたことでしょう。

 しかし残念ながら、過剰な灌漑、運河やダムの建設が、やがてどういう影響を及ぼすかについて、彼らは推測することができませんでした。彼らの灌漑システムの設計には問題があり、農業活動を続けた長い年月の間に地下水位が上昇し、地面のすぐ下、ほんの数十センチのところまで水が達して穀物が育たなくなってしまったのです。地下水位が上昇することによって、地面から水が蒸発し始め、水に含まれていた塩類が土壌に残されて塩害が起こり、収穫は激減しました。彼らは、小麦から塩類耐性の強い大麦へと生産を転換しますが、やがて大麦の収穫量も減り、食料供給が維持できなくなったのです。

<かつての文明崩壊から学ぶ>

 かつてのシュメールの都市は、現在のイラク南部にありました。いまそこに灌漑用の運河や都市の遺跡こそ見ることができますが、その地域の大部分は荒涼とした地になっています。あまりにも先進的な文明であった、しかしそれなのに、というのか、それがゆえに、というのか、衰退してしまったのです。このシュメール文明と同様、現在の我々の文明にも欠陥が存在しています。シュメール文明では地下の水文学的な構造が狂ってきたわけですが、我々の文明では、例えばCO2濃度のバランスが崩れてきています。

 シュメールだけでなく、マヤ文明など他の古代文明についても同じことがいえます。マヤ文明では森林伐採と土壌浸食により、食料が供給できなくなり衰退していきました。考古学的な遺跡解読により、その経緯が徐々に明らかにされていますが、これらの古代文明は、環境的に持続可能な文明ではなかったのです。そして、我々の文明にも同様のことがいえるのです。

<経済が拡大している中国では・・・>

 現在のグローバル経済とエコシステムとの関係のストレス現象や、現在中国で起こっていることをみていますと、さまざまな点で変革が必要だといわざるを得ません。中国の文明が発展することを否定するものではありませんが、1980年から中国の経済は4倍に拡大しています。そしてこの中国の姿は歴史の縮図を提示しています。貧困層は急激に豊かになり、中流層になっています。1994年、中国政府は自動車中心型の交通システムを整備し、国内での自動車産業を振興するために、フォルクスワーゲンやトヨタなど大手自動車メーカーを招聘するという方針を打ち出しました。しかしその結果近い将来、中国がアメリカと同様に、一世帯に1台か2台の車を保有するようになったとしたら、そして、アメリカと同様にガソリンや石油を消費するとしたら、一体どういうことが起きるのでしょうか?そのとき中国は日々に8,000万バレルという石油を必要とする計算になりますが、現在の石油の一日の生産量は全世界で7,400万バレルしかないのです。

 紙の消費についても同様です。中国の一人あたりの消費量がアメリカのレベルに達したとすると、世界の紙の全生産量以上の量を中国一国で消費してしまうということになるのです。

 ここで私が言わんとしているのは、今の基本の経済体制すなわち西洋の先進経済体制というものは、中国では決して成り立たないということです。化石燃料に基づいた消費社会というのは中国では成り立たない。そして他の20億人の途上国の民にとっても、同じく成立し得ません。さらに長期的にいえば、先進国の我々にとっても成立し得なくなる社会なのです。

 そろそろ、転換の時が到来したのだと思います。グローバル経済の再編成、そして化石燃料に基づいた自動車中心の社会経済体制を抜本的に改革し、再利用可能な経済に移る。特に風力と燃料電池に基づいたエネルギー経済に転換する。移動手段としては自動車ではなく別のものを主体にする。使い捨て社会ではなくモノをリサイクル/再利用する社会へと変えるべき時がやってきたのです。これは大きなチャレンジではありますが、興奮も覚えます。なぜなら、そうした社会に移行するためのテクノロジーをすでに我々が持っているからです。

<気候変動による氷床の崩壊>

 こうしたニューエコノミーがどのようなものであるかの詳細をご説明する前に、経済とエコシステムの間のストレス、ゆがみの現象にはどういったものがあるのかについて、もう少し述べておきます。

 例えば、氷床が解けているということはご存知のとおりです。つい最近ニュースにもなりましたが、南極海で氷棚が崩れ落ちており、すでに35年間で40%の氷床が失われています。そして崩壊しているだけでなく、全体として薄くなっているのです。2年前の8月ですが、「ニューヨーク・タイムズ」紙の土曜の朝の一面に、北極海に砕氷船が航海したところ、まったく氷がないという北極海を見たという記事が出ておりました。それで私が思い出したのは、アメリカのリチャード・バートらによる北極探検の全盛期のころの冒険談です。そこには、北極や南極がどれほど寒く、極点に到達するためにどれほどの雪や氷との戦いをしたかという話がありましたが、北極海に氷がないということになれば、極点を目指す探検家は最後の何メートルかを泳いでいく、ということになるのです。

 今世紀の半ばには夏場の北極海にまったく氷がなくなるかもしれない、という予測もあります。1〜2世紀前の冒険家たちは、ヨーロッパから太平洋に到達するために、北極海を航海したいという夢を持っていたわけですが、今その夢が悪夢として蘇らんとしています。北極海の氷が全部溶けてしまうということは、北極海の気候が激変することです。氷で覆われていれば太陽エネルギーの8割を反射していますが、その氷が消えてしまうと、海面が太陽エネルギーを全て吸収してしまうという現象が起こるのです。

 北極海の氷が溶けてしまうことは、それがすぐに水位が上昇するという問題につながるものではありません。しかし、グリーンランドとなるとどうでしょうか。グリーンランドは、厚さが2〜3キロメートルにもなる氷で覆われており、規模としては南極の次に大きい氷床です。科学雑誌の「サイエンス」には、グリーンランドの氷床が解け始めているという論文が発表されています。ここでは、何世紀もかかるかもしれませんが、もし全て解けたとすると海面が今より7メートル上昇するかもしれないと、警鐘を鳴らしています。そうなると世界の全ての大都市が水に覆われてしまう、東京も一部が水浸しということになるのです。

 このハイリスク・シナリオについて考えましょう。いま世界中で氷河が溶けているということがあります。ロッキー、アンデス、ヒマラヤなどなどの氷河が溶け、気温が上昇し、そして海面が上昇するということが起こっています。気温が上がって水が膨張するということだけでなく、それ以上に氷が溶けて水の量が増えるのです。このことにはいろんな影響があります。ヒマラヤ山脈において氷河は相当速い速度で溶けています。ヒマラヤ山脈の氷河は、巨大な水の貯蔵庫です。アジアの全ての川、ガンジス川やインダス川、メコン川、揚子江、長江についてもすべてヒマラヤ山脈を水源としていますので、この氷河がなくなるとなると、アジア地域の水文学にも大きな打撃を及ぼすのです。気候変動というのは、これほどに深刻な状況だと思います。ですから、ワシントンの一部の方々とはまったく違いまして、何かをしなければならないと、私は心から思っております。それには、気候変動がどんな影響を及ぼすものなのか、まずは理解しなければならないのです。

<地下水位の低下と及ぼす影響>

 そして、もうひとつのストレス現象として、地下水位が落ちているということがあります。これは大変に興味深く、新しい現象であると思います。先ほどシュメール文明の灌漑について触れましたが、同じ灌漑による問題です。この50年間、人類はディーゼルや電動でのポンプという道具を入手し、それが全世界に普及したため、帯水層に水が流れ込む以上のスピードで水を汲み上げるということがあちこちで起こるようになったのです。その結果世界のほとんどの大陸で地下水位の低下が見られるようになりました。中国、インド、パキスタン、北アフリカ、アメリカ、メキシコ等々の国で、地下水位が落ち続けています。そして落ち続ける地下水位は、ただ落ちているだけでなく、そのスピードが加速しているのです。

 この現象からいえるのは、灌漑のために使える水の量が減っているということです。事実、中国ではすでにその現象が起こっています。水の需給が逼迫すると、都市住民も水を求めるため、都市住民の飲料水として灌漑用の水が都市部に転用されることになります。そして灌漑水の不足による食料不足を補うために、世界市場から穀物を輸入することになるのです。1トンの穀物を生産するためには1,000トンの灌漑水が必要とされますので、1トンの穀物を輸入するということは、すなわち1,000トンの水を輸入しているということと同じになります。したがって水不足は国際現象であり、水が国際的に取引されているということになります。

 イランとエジプトはその典型例です。両国とも、水不足に直面し、さらに人口が爆発的に増加するというなかで、つい最近食物を輸入しだしております。長年日本が小麦の世界一の輸入国であったものが、現在ではエジプトとイランが日本を上回っています。では、もし中国が穀物を輸入し始めたら、世界の穀物市場、国際取引にどれだけの影響を与えるのでしょうか?イランやエジプトの場合、穀物需要の40%を輸入していますが、中国がその需要の1割について国際市場から輸入すると、突然需要が飛躍的に高まり、価格が高騰するということになります。ですから、水不足についてはさらにもっと注目しなければならない課題といえるでしょう。すでに途上国では、水不足に直面し人口も爆発しているという現象が起こっているのですから・・・。

 以上、氷床の融解と地下水位の低下という2つの例をあげてお話をしてまいりましたが、これだけの証拠をみましても、グローバル経済の再編成をしなければらないということは明らかです。各国の経済の関係を安定化する、エコシステムを安定化させることが明らかに必要なのです。化石燃料を主体としたエネルギー社会/自動車社会から、再生可能なエネルギー社会へ、また交通システムは自動車への依存度を弱めつつ移動手段を確保した交通システムへの変革が必要となります。そして再利用やリサイクルを主体とした経済へと変化しなければなりません。そしていま、それは可能であるということを、強調したいと思います。

<再生可能なエネルギーの代表は風力>

 再生可能なエネルギーとして、風力について考えてみましょう。1980年代初め、カリフォルニアで近代的な風力発電産業が始まりましたが、その後むしろヨーロッパで急速に発展して、現在ヨーロッパの電力の15%が風力で賄われています。ドイツ最北端シュレスウィヒ・ホルスタイン州では電力の19%が、スペインのナバラ州では22%が、風力発電によるものです。このようにヨーロッパでは広く風力エネルギーが普及しております。昨年の成長率は世界で31%でして、米国でも61%という巨大な増加をしております。なぜこのように急速に風力エネルギーが普及しているのでしょうか。それには4つの理由が考えられます。まず十分に風がある、そして安上がりである、枯渇しない、そしてクリーンエネルギーである、ということです。風力を利用することで地球の気候に被害を与えることも、大気汚染が起きることもないのです。

 風力は非常に豊かなエネルギー資源です。米国ではダコタ、カンザス、テキサスの3州だけでも、全米のエネルギー需要を満たすだけの十分な風力が得られるといわれています。中国は風力を使うだけで、現在の発電能力を倍にすることが可能だともされています。いくらでも例をあげることはできますが、このように大きな資源であり、安上がりなエネルギーなのです。15年前にアメリカでの風力発電のコストは1キロワット時あたり38セントだったものが、2001年には4セントまで下がっています。あるいは3セントまで下がっている場合もあります。石油や天然ガスによる火力発電の効率の悪さなども考えますと、それらに比べても風力は十分に競争可能なエネルギー資源であるといえるのではないでしょうか。風力は、すでに他の電力源と競合できるだけの力のあるエネルギーであると思います。

 タービンが進歩し、効率のよいウィンドタービンが開発されていますので、風力発電の経済性はますます魅力的に感じられます。特にアメリカの農家などには魅力的でしょう。自分の1ヘクタールのトウモロコシ畑に大型のウィンドタービンを設置することができれば、風力発電で得られた電気を電力会社に売電して、本業を妨げずにさらに年間2,000ドル以上の収入を彼らは得ることができるのです。しかもこの風力発電にかかる経費は、トウモロコシを育てるという経費として計算することもできます。1/10ヘクタールの土地にタービン1基を設置すれば、地域社会に10万ドル相当の電力を供給することができるとされています。この可能性を考えれば、地域自治体も風力発電に魅力を感じるでしょう。なぜなら、電力による収入が、この地域にとどまるからです。石油による火力発電はその売上がよそに流れてしまうということがありますが、風力発電の売上はその地域にとどまる、ということが歓迎されているのです。事実、米国議会でも風力発電を推進する動きが出てきています。また風力発電をすることで節税効果が出るということも決まりましたので、火力発電や原子力発電に比べてそれが魅力となっているのです。米国では環境ロビースト、風力ロビーストに加えて農業者、特に農家・農場主からのロビー活動もあって風力発電の推進の動きが出ています。ダコタ州の出身の上院議員も、彼も農業地盤を持っていますので、非常に風力を推進しています。風力はこのようにアメリカ経済の新しい布石となっています。

 このように抱負で安上がりの資源である風力エネルギーから安価に電力を得ることができれば、今度はそれで水を電気分解し、水素の取り出しに使うことができます。いま水素を使っての燃料電池の開発に各メーカーが力を注いでいますが、自動車を10キロ走らせる程の水素が水の中には含まれているということで、水素もやはり豊富な資源であるといえるでしょう。ダイムラー・クライスラーは来年までに燃料電池車の販売を開始すると発表しており、フォードもその翌年には燃料電池を用いた乗用車を市場に出す計画をもっております。

 以上申し上げてきましたように、風力タービンや燃料電池の開発によって、これまでの経済とは違う新しいエネルギーの組み合わせによる経済が生まれてきています。リオ・サミットから10年経って、何が変わってきたかといえば、このあたりが大きな変化でありましょう。たしかリオ・サミットでは風力とか燃料電池ということについてはまったく触れられていなかったと思いますが、いまや風力や燃料電池についての議論が急速に進められるようになりました。もちろんそのためのインフラを作り上げるにはまだまだ時間がかかります。しかし、これらのエネルギーをどのように使っていくかという見通しができるようになってきた、ということが重要であると思います。例えば米国では、風力発電機をもっている農場主などは電力を供給するだけでなく、自動車用の燃料までも供給することができるという可能性をもっているわけです。

 前世紀は、石炭から石油へと燃料源が変わっていく中で、エネルギー経済がよりグローバル化された時代でした。今世紀は、風力発電や地熱発電といったエネルギーセクターの地域化が起きてくるでしょう。しかもそれは今の経済と比べてもそれほど脆弱ではないものへと移行しつつあります。しかもこれらは、非常に安定したエネルギー減であり、石油や石炭と違い使い切ってしまう心配がないエネルギー資源なのです。さらにウィンドファームを作った場合、電気代を10年あるいは20年と長期に固定して販売することができるというメリットもあります。石油を使っている場合にはそのコストの見通しが立たず、料金を予測することは不可能でしょう。

 風力をエネルギー源として考えることはずいぶん一般的になってきました。例えばタービンですと、以前は1メガワットのタービンは大型であると考えられていましたが、今は2〜3メガワットから5メガワットのものが作られており、おそらくこの数年の間には10メガワットという巨大なタービンが作られるようになるでしょう。それによって風力発電はさらに進歩すると考えられます。このように規模という面からも変わってきております。今現在最も大きな規模のウィンドファームが、ワシントン州とオレゴン州のあいだに建設されていますが、これは300メガワットのウィンドファームです。さらにサウスダコタ州で企画されているウィンドファームは、3,000メガワットという、おそらく世界中でも最も大きい発電規模のエネルギープロジェクトです。風力の可能性を発見している国であるアルゼンチン、フランス、中国等々でも風力発電の開発が検討されています。中国ではこの10年以内に内モンゴルで6,000メガワットの風力ファームを計画しているときいています。

<現実的になってきた太陽電池>

 このほか、太陽電池についてもお話することができるのですが、あとどれくらい時間が残っているでしょうか。そういえば、ノルウェーのある市長の話を思い出しました。彼が聴衆に、「時計を持っていないのだが、あとどれくらい時間がありますか」と尋ねたところ、「あなたに必要なのは時計ではなく、カレンダーですよ」と言われた、という話です。私もカレンダーが必要なほどの長話はしないようにいたしましょう。

 さて、太陽電池ですが、このコストは下がってきてはいるものの、風力発電のコストよりはまだ10年程度遅れているのではないかと思います。しかし第三世界の村や部落などでは、太陽電池が使われています。例えばペルーのインディオの村で照明のために買うロウソクのコストと、太陽電池による照明のコストは、ほぼ匹敵しています。また、1灯の灯油のランプを使う場合と太陽電池を使う場合のコストも大体同じであるとされています。つまり、発電所を建設し送電線をひいて電気を供給するよりも、太陽電池を設置するほうがコストが低いといえるのではないでしょうか。

 このように太陽電池による電力供給ということも十分考えられるようになってきました。また先進工業国では、風力発電によって約2,300万人に電力供給していますが、これは北欧各国の人口に匹敵する数字です。そう考えますと、将来、エネルギー資源というものはローカルな商品となり、国際的に売買されるものではなくなってくるのではないかと思います。

<発想を転換すれば、モノが循環する物質経済への移行も可能>

 もうひとつ現れてくる変化は、物質経済における変化でしょう。約50年前に私たちは道を誤ったといえます。その当時、使い捨て文化を作り上げようとした経済学者がおりました。モノを使い捨てればそれだけ需要が高まり経済が発展するといわれていたわけですが、ある段階で、例えばニューヨークなどでもそうなのですが、捨てるための場所がなくなってしまうという問題が浮上してきました。そのため、リサイクルが推進されるようになりました。例えばアメリカでは1999年の全鉄鋼生産の58%がリサイクルによるものでした。また紙のリサイクルの先進国であるドイツでは、紙の使用の72%でリサイクル紙が使われていました。他の国々がドイツのレベルまで追いつくことができれば、世界の森林伐採を現在の30%にまで下げることができると考えられます。そしてそれは可能なことなのです。リサイクルの可能性を引き出すための仕組みが、まだできあがっていないというだけのことなのです。

 これは、私の好きな考え方ですが、ジョージア州のアトランタにインターフェイス・カーペットという会社があります。主に産業用カーペットつまり事務所や工場で使われるカーペットを世界中で作っているグローバル企業です。ここの社長であるレイ・アンダーソン氏は「どうやったら環境にやさしいことができるか」と考え、「カーペットを売るべきではない、カーペットの機能を供給するサービスを行うべきだ」という考えに行き着いたのです。例えば、東京大学に10年あるいは20年契約でカーペットを供給し、そして古くなったらそれを取り替え、古くなったものを工場へ回収してリサイクルに回す。このカーペットはナイロンでできていますから、もう一度ナイロン製品に生まれ変わらせるのです。そうすればインターフェイスはカーペットを1分子たりとも無駄にすることはない、というのです。ナイロンというのは自然には破壊することができませんので、これをリサイクルすることにすれば、それ以上の原料は採取する必要はなく、廃棄することもなく、埋め立てる必要もない、ということで、彼は、新しいモデルの可能性を考えられたのです。

 こうしたコンセプトが、まさにいま世界で必要とされているものです。すべての物質のエネルギー利用に関してこうした考え方が必要になってくることでしょう。ではどうやったら今の段階からその段階まで到達できるのでしょうか。今の経済から再生可能なエネルギーをベースにした経済に移行するためにはどうしたらいいのでしょうか。それにはまず、市場が真実を語らなければなりません。

 「エコ・エコノミー」のなかでも触れておりますが、エッソのノルウェー・北海担当の元副社長オイスタイン・ダール氏は、「社会主義が崩壊したのは経済上の真実を価格に反映させなかったからだ。エコロジー的真実を価格に反映させて市場が真実を語るようにしなければ、今度は資本主義が崩壊する」ということを言われています。ガソリンを買うということは、それを採掘して生成してガソリンスタンドまで輸送することに対するコストを払っているということですが、ここでは大気汚染によって起きた呼吸器の疾患を治療するためのコストは払っておりません。また気候に及ぼす悪影響というものへのコストも払っていないわけです。ですからこれでは市場は真実を語っているわけではない、ということが言えるのです。

 1998年の夏に中国の揚子江で、非常に大きな洪水がありました。この洪水は当初天然災害であるといわれておりました。たしかに洪水が起こったのはモンスーンの時期でしたが、しかし降水量が最高記録に達するというほどのときではありませんでした。なぜそのようなときに記録的な洪水が起こったのか。それには、流域の森林の85%が、特に河口の部分で失われており、降雨を吸収することができなくなっていたという原因があったのです。8月中旬、中国政府は記者会見を行い、この災害が天然災害であると同時に人的災害でもあるという見方を表しました。つまり森林伐採により被害が悪化したということで、特にこの流域での伐採を禁じるということが発表されたのです。ある中国高官は「材木よりも立ち木のほうが3倍も価値がある」という言い方をしていました。そして、こうした考えによって伐採から造林への転換が図られました。物事への見方が変わったのです。

 つまり我々は、市場がどうやってエコロジー的真実を語りだすか、その仕組みを考え出さなければなりません。その第一歩として必要なのが、税制改革です。税収の水準・総額をかえずに、所得税を引き下げてCO2やNOXやSOXの排出に対して課税するという改革が必要です。特に炭素税は必須といえます。そしてこれによって、財政そして税制を使って経済の運営を環境的に持続可能な方向へ向けるということができるはずです。

<劇的な革命は起きる>

 ここで疑問となるのは、どれくらい猶予が残されているのかということであり、うまく切り替えができるのかということでしょう。我々の手元にある資源のうち、「時間」がもっとも猶予がないのではないかと思います。ここでアメリカの政権がリーダーシップをとるべきですが、それがまったくとられておりません。しかし、1989年にベルリンの壁が崩壊したときのことを覚えていらっしゃるでしょう。ご承知のとおり、東ヨーロッパで政治的な革命が起こったのです。しかもそれはルーマニア以外の国では無血の革命であったのです。ある日人々が起きてみると、社会主義の実権が終わっていた。一党独裁の政治はすでに成立していなかったということに人々が気づき、指導者も幹部もそれに気づいて、ほとんど無血でクーデターが成立したのです。しかしながら、1980年代の書物を見ても、東ヨーロッパで数年のうちに大きな変革が起こるであろうと予言していた人は誰一人いませんでした。

 またアメリカでの喫煙についても同様です。1964年に最初に健康と喫煙について長官が発表してから、何千という研究がなされました。喫煙と健康問題について、肺がんや心臓病などとの関連性の研究が多々なされ、そしてその情報を人々が得ることによって、徐々に人々の見方というものが変わっていきました。例えば、飛行機では喫煙席と禁煙席が分かれ、建物でも分煙が進みました。しかし、5年前に私がこのような講演の場で、「1999年にはタバコ産業が喫煙と健康問題についての関連を認め、2,500億ドル以上もの金額を医療費の補填として支払うようになるだろう」ということを言いましたら、誰も信じなかったでしょうし、私自身そのようなことは信じられなかったと思います。5年前ですら、タバコ産業は喫煙と健康問題に関連がないということを躍起になって証明しようとしていたわけでして、こうした劇的な変化は誰も予想できなかったのです。

 環境問題についても同じ劇的な変化が起こるといえるのではないでしょうか。ほんの1年前、ブッシュ政権は京都議定書からの脱退を表明しました。それに対し、私はある特別な書物を発刊しました。そして世論調査をいたしましたところ、65%の人がアメリカ政府の脱退について否定的に見ているとしていたのです。そこから感じるのは、一般国民としては気候について何らかの対策をとってほしいと考えているということです。今現在ブッシュ政権に最も影響力をもっているのは石油産業ですが、その影響力を克服するほどに世論が盛り上がることを、私としても期待したいと思います。

 いったんシステムが変われば全体が変わっていくと思います。とにかくシステムを変えなければいけません。それにはまず税制改革が必要です。それができれば、マーケットという市場機構を使うことができるからです。市場機構は正しいシグナルを送るためには大変優れたメカニズムです。企業の幹部であれ、投資銀行家であれ、消費者であれ、政策をつかさどる官僚であれ、そのシグナルを受け取って正しい方向への決断ができるようになるはずなのです。

 このシンポジウムの最初にこのような基調講演をさせていただいて、心から感謝申し上げます。

(文責:編集部 国土由希子) (エコロジーシンフォニー2002年5月号)



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