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日本の河川、湖沼、海域の死角 川の問題は、川だけではおさまらないために、河川、湖沼を一つの体系としてとられる流域管理の立場から考えるのが正しい。 公共用水域の生活環境保全の状況を、環境庁の1999年度の環境白書から、環境基準BOD(=Biochemical Oxygen Demand/生物化学的酸素要求量)またはCOD(=Chemical Oxygen Demand/化学的酸素要求量)達成率の推移でみると、河川の環境基準達成率が進んでいるのに対し、その一体となる湖沼、海域の水質改善は一向に進んでいないことがわかる。どうしてこのようなことがおこるのだろう。実は、河川と湖沼、海域では、水質指標が異なっているのだ。この点に、環境行政の死角がある。日本では、河川の排水処理にはBOD指標を、湖沼は海にはCOD排出基準を適用している。 BOD指標は、微生物分解しやすい有機物を対象に測定しており、分解しやすい有機物濃度が高ければ、BOD値は高くなる。一方、COD値は、微生物の分解性とは無関係で、有機物と一部の無機物が過マンガン酸に酸化される程度を示している。いずれも、数値が高くなると水が有機物によって汚染されていることを示し、通常同じ傾向を示す。(下水ではBOD値がCOD値より高い場合がふつう)ところが、BOD値が低くても、COD値が高い例がでてくる。 排水処理する側は、河川に排水を流す場合と湖沼や海に流す場合によって、異なる排出基準を守るべく、異なる排水処理技術を運用している。一般的に、工場排水を微生物を利用して処理すると、有機物が分解されBOD値は90%程度削減されるが、COD値の削減はそれより低く60%〜80%になる。日本の工場排水や下水のほとんどは、このように、COD値が高いまま、まず川に流され、そのあと湖沼か海域に流れ込む。したがって、湖沼や海域に排出されるCOD汚濁負荷削減は、BOD削減に附随する、間接的な対策しか打てない状態にあり、これでは削減にならないのである。
すでに1999年度を目標にCODの総量規制計画が実施されてきたが、ほとんど改善せず、実際には、琵琶湖、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海では、COD環境基準を達成できていない。この総量規制を有効なものにするには、河川に排出する工場排水、下水などの汚染源に直接COD基準を実施しなければならない。
BOD:水中の微生物が水中にある有機物を酸素分解するために消費する酸素量 湖沼、海域の富栄養化をどのように改善するか 湖沼、海域の富栄養化による害は、過剰に増殖した植物プランクトンが死滅して細胞が破裂すると、多くの有機物質、無機物質が放出されCOD値が上昇することだ。また二つ目の害は、植物プランクトンのうち藍藻類の分泌する物質に、水道水に異臭味をつけるだけでなく、肝臓に影響を与える毒性をもつ物質が存在することだ。日本では、湖沼水質保全計画がたてられ、霞ヶ浦、諏訪湖、中海、宍道湖、野尻湖、などを対象にさまざまな富栄養化防止対策が実施されている。ところが、これらのほとんどで毒性の藍藻類の発生が報告され、湖水が上水道の原水となる場合、水道処理で毒性物質の除去に努力がなされている。 富栄養化防止の要点は、窒素とリンの流入をいかに削減するかにかかっている。今までの主な施策をみると、下水道の普及がまず重要だ。しかし現在、河川の窒素、リン濃度の規環境基準がない。流入した先の湖沼、貯水値の基準設定があるのみだ。
湖沼の環境許容量を決めるのに、現在、湖沼学、環境工学が精度をあげるべく努力している。しかし、一度生物処理を受けた排水のCOD物質は、難分解性物質とよばれ、BOD物質のように微生物分解による減少を期待することは難しい。また、生物処理後に、それ自身は生物に有害ではないが、水道の浄水処理で塩素やオゾンによる酸化で、トリハロメタン、ホルムアルデヒドなどの有害副産物を生み出す物質が生成することがわかっている。いずれにせよ、CODの総量規制には、窒素、リンの規制が同時に実施されなければ、効果をあげることが難しい。 富栄養化対策での農業排水の重要性 琵琶湖は霞が関などとくらべて富栄養化防止の恵まれた条件にあるといえるが、それでも現行の処理施策の延長で解決するとは考えられない。琵琶湖の水質汚染の根本的解決には、今まであまり指摘されなかったが農業活動に起因する負荷の存在も、避けて通れない課題になってきた。 今日、琵琶湖流域下水道、し尿処理場では、高度処理で脱窒素、脱リンを行っている。また負担の大きい工場排水処理においても小規模工場以外は、脱窒素、脱リンを行っている。しかし、工場経営者から、工場排水対策ばかりにかたよった施策への不満、さらに、農業活動に起因する負荷量削減は、せいぜい使用する肥料の削減だけで、農家の自発的対策に頼っていていいのか、という指摘の声が上がっている。この問題は、琵琶湖に限らず、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海など閉鎖系海域にも共通するものだ。 世界の他地域では、バルト海、アメリカのチェサピーク湾などの農業排水による富栄養化の被害が深刻である。後者では、流域13州の代表で、自治体、産業、大学の広範な連絡組織を結成し、総量規制を実行している。その努力にも関わらず、新種の有毒藻類が大量に発生し、大西洋沿岸に繁殖域が拡大して、魚を殺すだけでなく、人間も触れるとアレルギーをおこすことが知られている。 アフリカのビクトリア湖においても、南アメリカから伝播してきた浮き草のホテイアオイによって、船の運行や漁業、さらに上水原源確保などの深刻な影響が生じている。皮肉なことに、そもそもホテイアオイは、富栄養化防止の手段とし積極的に利用する提案が、10年前に日本の学会でも議論されており、その誤った将来予測の被害が、アフリカで現実となって実証された結果となった。ホテイアオイは、南アメリカから広まり、アジアの湖沼、メコン川、インドまで大繁殖の問題をおこしている。これらの地域の、窒素、リンの主なる排出源は、農業である。このように、生活排水、工場排水だけでなく、今後は農業で肥料として使われた窒素、リンの削減を行わない限り、富栄養化の根本的解決は不可能なのだ。 化学物質、農業による汚染
工場排水に含まれる化学物質、農薬、病院排水、家庭用ゴミ、シャンプー、消臭剤など有害な化学物質は数え切れないほどたくさん存在する。日本の水環境基準で指定されている化学物質は、それらのうち、わずか0.00001%(10万分の1)といっても過言ではない。 「環境ホルモン物質」の問題は、有害化学物質の人と野生生物への影響を全く新しい視点で考える大きなきっかけとなった。「有害」の指標を「死」にまつわるもの(発ガン性、寿命の長さなど)としていたのが、動物の生殖に与える影響による「生」の側面(子供が生まれてこないこと、あるいは奇形など異常な生まれ方をすること)まで考慮され始めた。ダイオキシン類は、その点、代表的な環境汚染物質である。 一方、河川に排出される農薬類の問題は、消費者側にも大きな責任がある。食糧の安全性は、農業生産時の農薬をできる限り減らすことである。その場合、無農薬の農作物で少々の虫食いを受け入れる必要がある。このような点を消費者が理解し、価値観を変えないと根本的解決は難しい。 琵琶湖に飲料水を依存している人は、京阪神に1300万人もいる。上流で農家が散布した農薬(一部ゴルフ場農薬)が水質汚染の一因となり、その対策のために値上がりした水道料金を下流の生活者が負担する、といった根本的に馬鹿げたことをわれわれは繰り返している。ちなみに現状では、環境基準が甘いため、上流の生活者が排水処理を行っても、対策は十分ではない。 このように、日本の河川管理のあり方は、現代社会が発達させ複雑な汚染物質構造に対処できるような、発展した仕組みづくりをつくれるかどうかにかかっている。流域管理の立場から、上流下流の生活者が、河川環境の情報を共有し、自治体、産業者、農業者、漁業者、市民(これらの河川利用の利害に関係する代表、最近ではこれらの人々をステイクホルダーと呼んでいる)が参加した、「流域生活者共同機構」が必要となってきた。
文献 (この文章は、松井三郎教授のお話と論文をもとに編集部の村上、薗田がまとめました。) (エコロジーシンフォニー2000/3月号) 「地球の危機管理と仏教、東洋思想」へディスカッションへ |